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当時の米Sの株価は4ドル前後で推移していたが、5株を1株に併合し株価を5倍にした。
米Sの株価は91年以降、一時期7ドルを超えたものの、ほぼ1ドルから4ドルの間にあり低迷を続けていた。
再建を着実なものにしてきたが、不幸なことに投資家はSにあまり関心を示さなかったからだ。
米国では、90年前後に上場コンビニの破綻が相次ぎ、小売セクターのアナリストが米Sについてのリポートをほとんど作成しなかったことも原因と言われている。
機関投資家は株価が十ドルを下回っている企業の株を購入することはあまりなく、米Sは投資対象から外れていた。
そこで、米Sは証券会社主催の投資家向けの会社説明会にも積極的に参加して再建ぶりをアピール。
株式併合を行い株価が2ドル前後となった5月、1万株の公募増資を実施すると発表した。
公募増資で得る約2億ドルは新規出店や情報投資に充てる計画だった。
ここまでは小気味いいほど順調だった財務戦略だったが、公募増資だけは株価が15ドル前後に急落し、不安定な動きをしたことから中止に追い込まれた。
株式の希薄化をいやがった一部の投資家が一気に大量の売りを出したのが原因だった。
それでも7月にはNYSEへの上場を果たし、名実共に米Sは再建を完了した。
米SはNYSE上場後も順調に業績を回復させたが、どうしても解決しなければならない問題を抱えていた。
それは役員陣の利益相反の問題だった。
Y堂グループは91年の経営参加以降、米Sの経営陣には常駐者を置かず再建の行方を見守ってきた。
先に触れたように小売業はドメスティック(現地主義)であるという考えがあったからで、Sは米Sの会長を兼務していたものの、実質的な経営はCEOのKや後任のJだった。
しかし投資家から見ると、社長が誰であろうと大株主のY堂グループの代表者であるSが子会社の米Sの会長でいることが親会社と子会社との利益相反になる可能性があった。
それは現実に起きてしまった。
2000年夏ごろ、米Sが中国進出計画を発表したことに日本のSが待ったを掛けたのだ。
日本のSも中国への進出について検討している矢先だった。
日本のSが米国に中国進出をあきらめるように厳しく詰め寄ったこともあった。
「誰でもやらせていいもんじゃない」と。
日本のSは、米Sが中国に出ることで簡単にロイヤルティーが入ると考えているのは問題ではないかと指摘した。
未開の国に進出しただけでビジネスが成功したとは到底言えず、店の質を上げる実力が米Sにあるかどうかを問いただした。
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